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>>The Voice Of Energy
これは、決して語られる事の無かった歴史である。
時は、現代――女学院側が傭兵・五十嵐を雇い、間接的な牽制と警告を与え、良たちを窮地に追いやる以前の話だ。良たちは、少なくとも焦ってはいた。いくつもの作戦が失敗の連続で、それは仲間たちのやる気にも影響を与えていた。
しかし、心の奥底に燃える情熱だけは、一丁前に消えていなかった。そこらへんは、彼らが高校生たる故に、と言うべきかも知れない。
とにかく、そんな不安定な時期だったあの頃(具体的に言えば、第0章の14話と15話の間くらいである)に、突如シンディがメンバーに集合をかけたのが、そもそもの始まりだった…。
>>良
「今日は皆に、大事な話がある」
5人全員が集まったのを確認してからシンディは、若干偉そうに口を開いた。
「早く話せ」
「小言じゃねーだろーなぁ?」
「新しい作戦ですか?」
「口々に騒ぐな。お前ら3バカの悪い癖だ」
いい加減俺たちの扱いに慣れてきたシンディは、たった一言で、俺たちを黙らせてしまった。さすがシンディ、伊達に先輩していない。
「優盟女学院の誇るセキュリティー、それの穴を発見した」
かねてから俺たちの備品となっていた地図を机に広げ、彼は学校周辺の白い空間を指し示した。
「ここに、私たちの突破口が存在する」
「…はぁ…」
俺はわざとため息をついて見せた。
「シンディ…この春の陽気に、ご自慢の精密コンピューターも狂ったのか?」
「私は至って真面目だが?」
ムッとした表情を見せる彼に、厳しい口調をお見舞いした。
「ここに何があるか、それくらい俺たちだって知っている。森だ、竹林だ。様々な植物が、ここには生い茂っている。俺たちも秘密の通路として、この竹林道を通った事がある」
記念すべき第1回目の失態を脳裏に描きながら、竹林の一角を指差し、演説を続ける。
「だからこそ、断言出来る。ここには何も無い。以上」
「…そんな事だから…」
…何だ?シンディが、ため息をつき返してきたぞ?
「お前らは失敗続きなんだぞ!あの山に何も無い事ぐらい、猿にだって分かる!しかし、それを十二分に利用してこそ!人間というものだろうが!」
机をバンと叩きつけ、シンディは絶叫に近い主張をぶっ放した。その勢いは凄まじく、図書室中の本という本が、一斉にビリビリと振動した程だ。
「この音声を聞いてもらいたい」
そう言うとシンディは学生服のどこからか、小型の録音機を取り出し、再生ボタンを押した。しばらく雑音が続いたかと思うと、今度は老人たちの会話になった。
「…第3ゲートの前は…」
「…お孫さんは…」
「…昔は湖に住まっていた…」
やがてシンディは、録音機のボリュームをどんどん上げていった。
「…いやぁ、面倒臭くて…」
「…昔は、息子や孫たちに…」
「…木の生長に悪くて…」
ブツリ、録音機は停止した。否、停止させられた。これからシンディが喋るから。
「今喋っていたお婆さんは!この!女学院を取り巻く山の所有者なのだ!」
「はぁ」
「この山は、しばらく人の手がつけられていなかったせいで、植物ボーボーの、ちょっとしたジャングルとなっている」
「はぁ」
「しかも、それを整備してくれる人は、いないときた!」
「はぁ」
「…お前ら…」
生返事しか出来ない俺たちに、シンディはギリリと顔を歪めていた。
「そんな事言ったってよぉ…なぁ、水鏡?」
「うん…それとこれが、どういう関係なのか…」
「さっぱりなので、詳細を求む」
どうやら3バカの意見は、見事に一致していたようだ。一切の打ち合わせが無いにも関わらず、流れるようなチームワークが発揮された。
「それもそうだな。お前らみたいな昆虫レベルの思考能力に、遠まわしな説明は無意味だった」
「どういう意味だろう?」
水鏡の呟きに、誰も反応を示さなかった。
「このお婆さんに、安いバイト代で、山焼きを手伝うと提案しよう!そうすれば十中八九、話は通る!これこそが、今回私が提唱する侵入計画――!」
シンディの熱気はピークに達したらしく、自身の心獣を四方八方に飛び散らせながら、今度は校舎も振動させるくらいの雄叫びを発した。
「『現代の風の又三郎〜風に巻かれて、煙に巻かれて〜』!!
>>渓
「テストだけで食べていく職業なんて、どうかな?」
全く、この子(智尋)は、また何か言い出したわ。
「どうやって稼ぐのよ?」
「2種類あるよ。先生の代わりにテストを作るのと、生徒の代わりにテストを解くのと!」
「後者はだいぶ絶望的なんだけど(汗)」
「あら、楽しそうね」
そこには、お弁当箱を持った命が、すらりと立っていた。
「何の話なの?」
「進路の話」
私の代わりに、智尋が答えた。
「私、絶対に、巷で有名な負け犬にはなりたくないもん!」
「そうね、女の子は誰しも、負け犬にはなりたくないわよね。私みたいなお金持ちになるのと、渓みたいな貧乏になるのなら、誰でも私を選ぶもの」
「うわ、嫌なたとえ話!」
しかも、私をジロジロ見ながら言うし。でも、これは火を見るよりも明らかな事実だから、私が何かをしたところで、何も変わらないのだ。
「普通は『どこへ就職するか』考えるのに、智尋は『どんな職業を考案・実現しようか』考えるタイプなのね。大物だわ」
「渓ちゃん、私、褒められたよ!」
智尋は嬉しそうに、私にピースマークを作って見せてくれた。『それは馬鹿にされたのよ?』…言いかけた言葉が、私の喉で止まった。
「さぁ、お昼を食べましょう。…とは言っても、この大きなお弁当は、渓の分だけど」
命はそう言うと、小さなダンボール程もある大きさの包みを、私の机の上に置いた。さすが葉隠グループの大令嬢、お弁当の規模も並みじゃない。
「悪いわねぇ、命〜」
と、一応礼を言う私の顔は、だらしなくにやけていた。
「良いのよ。もう何年も続いてきたイベントじゃない」
その言葉通り、命は少しも嫌な顔をしなかった。そもそも命は、私が初めて彼女のお弁当を貰った時から、一度も嫌がる事が無かった。むしろ積極的だった。彼女はお嬢様だというのに『豪華絢爛』という言葉が嫌いらしかった。
とは言っても、彼女だってお腹は空く。私がお弁当を貰った日は必ず、食堂で買ってきたパンとコーヒーだけだった。今日だって、ホラ!1個120円のアンパンとジャムパン、それに、自動販売機で買ったコーヒー1本、しかもブラックだけじゃない。
「それで足りるの?」
「コーヒーさえあれば、私は十分なの」
「命は本当に、コーヒーが好きなのね」
「えぇ」
彼女はそれを一口喉に流した後、
「命の次に大好き」
「大好きにも程があるわよ」
私のツッコミが、お昼の教室に、やんわりと響いていた。その時智尋は、家から持ってきたと思われるバケツにペットボトルの水を張り、何かの粉を大量に溶かし込んでいた。小麦粉か、何かかしら?
「ねぇねぇ…」
疑惑の目がバケツから離れない私に、命は喋りかけてきた。
「どんな人間も普通は『自分の命に代えられる物は無い』って言うでしょ?それはつまり『自分が大好き』って事なのかしら?」
「さぁ…私にゃぁ、何とも…(汗)」
それよりも、智尋に何か言ってよ。
「自分が大好きな人間…無くならない戦争…もし、自分の命よりも大切な物に出会えば、戦争も無くなるかも知れないわね…」
「固まれ、私のお昼、集まれ、私の前世、不動の前世、流れる涙、溢れる阿弥陀、血化粧、死に化粧…♪」
誰か彼女たちを止めて!!
「そういえば今日、ちょっと煙たくない?」
バケツにスプーンを突っ込みながら、智尋はまともな話題を切り出してきた。
「あれよ、いつものアレ」
「山焼きね」
私の曖昧な返事に、命は見事にフォローしてくれた。
山焼き――それは、不要になった植物を焼き灰にする事によって、他の植物に栄養を与える、林業の技術だ。春になれば下草を焦がし、秋になれば落ち葉で焚き火をし…学園の裏山では、何度も行われていた。
「今年はちっともしなかったから、もうやらないのかと、油断していたわ」
「髪の毛に匂いがつくし」
「目が痛いし」
3人は同時に、窓の外の景色に目を移した。すぐそこの森から、一筋の煙があがっていた。
「あれ、山火事だったりして」
「不謹慎な事は言っちゃ駄目。でも、すぐに分からないのは問題あるわね」
今日は風が無い。煙は際限なく、あの青空へと昇っていった。山から立ち上る煙は細いながら、主張が激しかった。それはまるで、仲間に知らせる狼煙のように。
>>良
「もっと!もっと草を集めろ!!」
お昼過ぎ、俺たち5人は文字通り『てんやわんや』していた。
「先輩、今日はちっとも風が無いですよぉ?!」
「あるとか無いとか、それは問題では無い!煙だ!とにかく大量の煙を出せば良い!」
女学院の周囲を取り囲む森林の中で俺たちは、素早く下草を刈り取り、せっせと焚き火の中に放り込んでいた。
「焚き火だけでは駄目だ!いっそ地面に火を放て!でも、目的は悟られるな!私たちは今日、山焼きの手伝いをするという名目で、ここにいるんだからな!」
シンディの罵声と指示が、あちこちに飛び交った。俺たちは休む暇も無く、せっせと動いていた。
いや、1人だけ休んでいるバカがいた。俺は軽やかに助走をつけ、木に背をかけていたシンゴの後頭部目掛けてストレートを叩き込んだ。
「ぐおぅっ?!」
「さっさと働け!休みたいのなら、女学院の中で休め!」
それが、俺たちの合言葉となっていた。森から大量の煙を発生させ、その混乱に乗じて侵入する――何と素晴らしいアイデアだろうか。たとえ、万が一捕まったとしても、
「煙があまりにも凄くて…自分たちの学校と勘違いしてしまいました」
と言えば済むのだ。かくして俺たちは、持ち主であるお婆さんの許可を得、こうやって『燻製』に精を出している訳だ。
ただ、今日がこんなに風の無い日だとは、思ってもみなかっただけだ(汗)。
「だ、誰かぁ!」
水鏡の叫び声が聞こえた。
「どうした?!」
いの一番に到着した俺は、彼が指差す方向を見て、ハッとした。
「木の枝に、白くてモヤモヤした気持ち悪いものが、くっついてるぅ!」
「うむ、確かに、気持ち悪い」
ようやく集まってきた他のメンバーたちも、それを一目見るなり(1人は寝ていたが)頷いた。それは、蚕の繭みたいなものだった。人間の胴体程もある大きさのそれが、木の枝にしっかりとくっついていたのだ。
「他にも、そんな木はあるか?」
シンディの指示により、同じようなものに寄生された木が、何本も見つかった。
「あからさまに気味が悪い、悪すぎる。幸い、燃やしても大丈夫そうだ」
結論は、以上のようなものだった。俺たちは頑張ってその木を燃やしつくし、俺たちの計画の一部になってもらう事にした。
こうして、俺たちはグループに分かれる事となった。小枝や植物を刈り取り、焚き火の種にする係、草が生い茂っているところに火を放ち、灰の絨毯を作る係、そして、あの気味の悪いものがくっついた木をバーニングする係だ。
これは素晴らしい、完璧な布陣だ。これなら作戦完了(と書いてミッション・コンプリートと読む)も夢じゃない。俺たちが重ねてきた努力が今、実を結ぶのだ!
後は、風さえ出てくれれば…(泣)。
>>命
「今日は、本当に煙たかったね」
帰り道、智尋がそう話を切り出してきた。渓はいつも部活があるので、私たちはよく帰路を共にしている。
「まるで煙が、私たちを取り囲んでいるみたいだったね」
「事実、取り囲んでいたもの」
まさかあの後、森という森から煙があがるなんて、夢にも見なかったわ。
「何だったんだろう、あれ…山焼き、失敗したのかな?」
首をかしげる智尋に、私は、
「…それとも、もしかしたら…」
と呟いた。
「え、何て?」
「…ううん、何でもないの」
聞き取れなかったらしかった。でも私は笑顔で、決して話をぶり返さなかった。結局彼らは姿すら見せなかったのだから、関係無いのかも知れない。私はそう言い聞かせた。
「ところで智尋、お昼は何を食べたの?」
「ゼリー」
>>良
「…」
もう外は夕方だった。真っ赤な夕陽が、町を包んでいた。そんな事は既に知っていた。
「…えぇ〜…はっきり言う必要も無いとは思うが…」
俺たちは図書室にいた。侵入作戦に関する話だけは、ここでなければ出来なかった。それ程認知度が低いのかと思うと、自分の無力さに切なくなる。そして、シンディの言葉もまた、切なさを掻きたてるものだった。
「反省会だ…」
1つのテーブルを囲むようにして座る俺たちの目の前には、化粧箱が1つ、丁重に置かれていた。
「今日の収穫だ」
「いや、改めて言われても…」
箱には『ヴェーメ』と書かれていた。
「かの有名な国民的アニメに出てきた、少人数専用飛行機だ。とは言っても、コックピットがある訳では無く、乗員は船体から突き出た手すりに――」
「もういい」
せっかくシンディが、テンションをあげて説明してくれたのに…水鏡の言動は辛辣だった。尤も、彼は案外こういう性格を持っているから、大して驚きもしなかった。
「足腰が痛いなぁ」
「結局、煙に巻かれただけだったね」
皆、思い思いに口を開くだけだった。もはやこれは、反省会などでは無かった。ただの愚痴の言い合いだ。
「…誰が、このプラモ貰うの?」
そう言って水鏡は、箱を俺に手渡した。彼はいらないらしい。それは俺も同様なので、隣に座っていたシンディに、無言で手渡した。
「私も要らない」
彼はそう言うなり、寝ている北岡先輩の膝元に置いた。なるほど。寝ている人に全責任を押し付けようという訳だな?
「…ぐー…」
すると彼は、両手だけがグンと動いたかと思うと、膝の上に乗っていた箱を、隣にいたシンゴに渡してしまった。まるでオジギソウだ。
「…じゃー、まー、俺が貰うって事で…」
全員から、面倒臭そうな拍手が起こった。
「…帰ろうか」
「…そうだな」
「…きれいな夕陽だね」
「…忘れ物無いか?」
「ぐー」
全く…午後の授業を全部サボったというのに、何たる体たらくか。言葉が無いのは、皆同じだった。そして、このあまりに無様な計画など思い出したくない、とでも言わんばかりの勢いで、後日完成されたヴェーメは、女学園に敷地目掛けて宙を舞う事となるのだった。
>>The Voice Of Energy
以上の理由により、この『現代の風の又三郎〜風に巻かれて、煙に巻かれて〜』と名打たれた作戦は、黒歴史に刻み込まれ、彼らの表舞台から消える事となった。
過去を消し去る事は、あまり賞賛されるべきものでは無いが、そうする事でその人の精神的苦痛を和らげられるのならば、それは致し方が無いというものではないだろうか?
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