右手に磁力を


左手に電流を


そして力と現実に挟まれて




第01話
>>水鏡
「ねぇ、シンゴ君の誕生日って、いつだっけ?」
放課後の図書室に、僕の声が響き渡った。あまりにも突然だったのか、シンゴ君は目を大きく見開き、しばらく黙ってしまった。
「あぁ、ごめん。4月だったね。」
「まぁ、そうだけどよ…誕生日なんて聞いて、どうすんだよ?」
「シンゴ君。ゲームも良いけど、たまにはブームの波に乗らなきゃ。」
そう言って笑顔を浮かべた僕は彼に、1冊の本を手渡した。B5の本の表紙には、柔らかな文字で『生物占い』と書かれていた。
「今話題の占いだよ。自分の誕生日で、12匹の動物(動植物)のうちのどれかを占えるんだよ。」
楽しそうに語る僕を尻目に、少し冷たい目で本を眺めながら、シンゴ君は口を開いた。
「はぁ〜ん…言っとくけどよ水鏡、俺ぁ占いなんて女子供のするようなものに、興味なんて無ぇからな?」
「シンゴ君、その割には熟読だね(汗)。」
真剣な表情でシンゴ君は本を眺めていたけれど、何を思ったのか、急に口を開いてきた。
「おい、水鏡、これは誕生日だけで占えるのか?」
「ううん、もう少し条件があってね…とりあえず本返してくれる?僕が計算するよ。」
何も考えずに突っ走る傾向があるシンゴ君では、恐らく調べられないだろう。ここは僕が責任を持って、彼の『生物』を調べる事にした。
「まず必要なのが生年月日…西暦と月と日の事だけど、これはもう分かるから…シンゴ君、自分が生まれた時間が何時何分何秒か、分かる?」
「知るかよ、んな事!」
シンゴ君の鋭いツッコミが、このだだっ広い図書室全てを響かせた。シンゴ君がツッコミをするなんて、随分久しぶりだなぁ。
「『分からない時は0時0分0秒』みたいだから、えぇっと…あ、分かった。」
僕は少しばかりの計算を終え、その該当するページを開いた。結果が知りたくてウズウズしていた彼も、僕の言葉にすぐ反応した。
「シンゴ君の生物はね…『蚊』!!」


『――それはですね、当時の人生で一番のテンションの下がり方でしたよ。えぇ、彼のテンションの。あれだけ期待に満ちた目をしていたのに、僕が口にした途端、死んだ魚のように輝きを失ったんですから――(三葉堂出版「海堂水鏡、激動の人生を語る」より)』


「あの、シンゴ君?」
「…んぁ?」
腕をだらりと下げ、やる気を無くしたと言わんばかりの表情に、僕は戸惑った。
「い、良いじゃない、蚊でも。蚊って意外と立派な生き物だよ?小さい癖にたくましく生きる生命力とか、二酸化炭素で人間を察知する知覚とか…。ちゃんとさなぎにもなるし、あと蚊の素晴らしさは何と言っても、あの針に――!」
「水鏡、慰めなんていらねーよ。」
何とかフォローしようと頑張る僕を尻目に、シンゴ君は投げやりな口調で喋りだした。
「どうせ俺は蚊のような人生さ。血を吸うのはメスだけとは言うけどよ、どうせ人間に殺される生き物、潔く諦めるのが男ってもんだぜ…。」
「シンゴ君、ちょっと格好良いよ、無駄なところで。」
「そーゆー水鏡こそ、何だったんだよ?」
人は傷つき過ぎると、他人に八つ当たりをする生き物らしい。僕は少しトーンを下げ、抑揚の無い喋り方で答えた。
「…『醜いアヒルの子』。」


『――人間って、人を蹴落とさなくちゃ、幸せになれないのかな…?――(MYONE出版「有名人の言の葉」より)』


それは、満面の笑みだった。彼は力強く僕の背中を何度も叩き続けながら、同時に笑い続けていた。


「…それにしても、もう1ヶ月経つのか…。」
笑い疲れ、しばらく黙っていたシンゴ君は、ポツリと言葉を漏らした。
「明日、良、帰ってくるんだろ?」
「そうだよ。ようやく良君が帰ってくるんだ。」
まだ陽の高い外の景色を眺めながら、僕は言葉をつなげた。
「これで良君も、停学が終わるんだよ。」
「『停学が終わる』って言ってもよ…明日の終業式が終わったら、すぐ夏休みじゃねーか。」
夏休みまでの停学――それは、事実上の3ヶ月にわたる停学だった。あの事件が起こって以来、僕らは良君とまともに会っていない。たまに返事の返ってくるメールで、元気だという事は分かっているけれど、それ以外の情報は無いに等しかった。周囲には監視係の人が目を凝らしていて、僕らはそれらを掻い潜る事が出来なかった。
「ま、せっかく会うんだしよ…溜めに溜めたくだらねー話、たっぷり聞かせてやろうぜ。」
「うん。」
僕はシンゴ君の言葉に頷きながら、また外の景色を眺め続けるのだった。




>>
7月もいよいよ後半へ差し掛かろうとしていた矢先に、突如俺の元へ『特別登校』なるものが出された。停学中の生徒でも、学校へ呼び出される事があるのは知っているが、俺には学校へ呼ばれる理由が思い当たらない。
「まぁ、停学の理由が理由だからな。あれだけの事件を起こせば、誰だって停学になるというものだ。」
久しぶりに制服に腕を通しながら、俺は昨日の朝にポストに入れられていた手紙を、何度も眺めていた。
「それにしても…あの日から1ヶ月も経つのか…時間の流れが速く感じるな、気をつけねば。」
俺以外に誰もいない家に向かって俺は、登校する事を知らせる叫び声をあげた。
「行ってきます。」


『星観町学生襲撃事件』――
この町に住む人なら、誰でも知っている事件だ。当時彼女がいなかった俺が全校生徒に話を持ちかけ、優盟女学院まで無断で侵入、大ナンパ大会を開いた事件だ(他意無し)。学生にあるまじき行為を数個同時に犯したとして、俺は停学を喰らった。
「まぁ、理事長が理解ある人だから、この程度で済んだものの…他の学校なら、少年院送りだっただろうな。」
あの人に今度あったら、もう一度感謝しておこう。何なら土下座しても良い。それくらいあの人には頭が上がらないからだ。俺は人の迷惑を顧みない事が少しあるが、他人への感謝を忘れた事は無い。あれだけ大事件を起こした俺でも、人間的な部分くらい持っている。
「…まぁ、結局彼女は出来なかったけどな。」
「朝から独り言なんてしていたら――」
不意にどこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。俺がその声に気付いた瞬間、俺の傍に1台の高級車が止まった。美しい黒で覆われたその窓ガラスから、1人の少女が顔を出してきた。
「すぐにボケちゃうわよ、良?」
黒のロングヘアーがきれいなこの少女は、その『星観町学生襲撃事件』の時に仲良くなった子だ。名前は葉隠命と言う。日本の家電界を牛耳る会社・葉隠グループの大社長の1人娘で、高校2年であるにもかかわらず、後輩たちから『お姉様』と呼ばれる程の人間らしい。周囲からよく言われる事だが、決して『彼女』では無い。そこは間違えないでもらいたい。
「今は『認知障害』と言うらしいぞ。」
「名称はどうでも良いの。」
俺に揚げ足を取られたのが気に入らなかったのか、命は少しムッとした顔をした。
「中身が問題なの。どんどん記憶が抜けていき、新しい事を覚えられなくなり、最後には自分が誰かさえ分からなくなる…。切ないじゃない!」
「分かった。よく分かったから、声を荒げるな。」
命が何を言いたかったのか、俺にはあまり分からなかった。
「それにしても…良、あなたはどうしてこんな所を歩いているのかしら?しかも制服まで着ちゃって?」
「鋭いな。さすがは命だ。実は俺もよく分からないのだが、今日は特別に登校しなければならないらしい。」
もちろん、他意は無い。俺は俺の、ありのままの境遇を述べた。
「特別ねぇ…。」
「そう、特別。」
「…まぁ、良いわ。登校しろと言われているのなら、仕方が無いわね。」
そう、そのまま学校へ向かった方が良い。俺に複雑な事を聞いても、一切分からないからな。
「気をつけなさいよ。この間の事件のせいであなた、あちこちに敵を作っているから。」
「…俺を誰だと思っている?」
「念のためよ。それじゃ良、また後で。」
それだけ言い残すと命は、車の窓ガラスを閉めた。走り去る車をよそに俺は、その場に立ち尽くしたままだった。
「『敵』か…来るなら来い、返り討ちにしてやる。」
皆の行為を一気に裏切りかねない、ギリギリの独り言を口にした後、ようやく俺の足は動き始めるのだった。

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