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>>良
『――よって夏休みが存在する訳で、これは決して勉学をサボタージュするものでは――』
男子生徒の前で、1人の教師が高らかに演説を続けていた。もう誰も彼の話など聞いていない。あまりにも楽しくないため、わざわざ座ってまで寝ようとする奴らも現れた程だ。
「何だ、今日は終業式か。」
もう1ヶ月も停学を経験している俺にとって、平日だとか休日だとか、そんな概念が無いに等しかった。健全な学生なら『これから遊び放題だぜ』とか『宿題なんてやってらんねー』とか考えるこの状況において、俺の頭はさっきから『晩飯どうしようかな?』としか考えていないあたり、俺の生活感覚の麻痺が伺えるだろう。
『――それでは最後に、理事長のお言葉です。』
司会者の声を聞くなり理事長は、目の前のマイクに向かって歩き始めた。その瞬間俺は、聴覚を集中させた。他の教師の話などはどうでも良いが、人生の恩人である理事長の話を聞かないなど、罰当たりも良い所だ。恐らく水鏡たちもそうだろう。俺たちのグループの中で、このありがたさを知らない者はいないのだ。
「なぁ良…この集会、早く終わんねーのか?俺ぁ現代っ子だから、足が痺れてきちまったぜぃ。」
このバンダナ男を除いて(泣)。
「握り拳を眉間にぶつける!」
「ジャストミートぉ!」
俺の背後へ向けた怒りの鉄拳は見事、シンゴの眉間を直撃した。彼は白目をむいたまま、地面に横たわってしまった。
『理事長を務める秋雨じゃ。皆、元気にしておったかのう?』
いつもの飄々とした口調で、彼はマイクに向かって喋りだした。
『この間の事件ももう1ヶ月経ってしもうて…時が経つのは速いもんじゃのう…おちおちしておると皆、わしみたいなじいさんになってしまうぞ!ホッホッホ!』
あの人が言うと説得力があって、逆に怖い。
『わしが言いたい事はたったの1つじゃ。たかが1つじゃが、しかし…されど1つじゃ。よく聞いておくように。』
「1つだけか…それなら、終わるのも早いだろうな。」
「そだな。終わったら早速、ゲーセン行こうぜ。」
周囲からそんな私語が響き渡り始めた。俺は彼らに少しイライラしながら、それでも理事長の話に耳を傾けていた。
『この間の事件のおかげで、この学校の印象がまた下がってしまったのじゃ。元々悪いからわしにしてみればどうでも良いのじゃが、そこは大人の世界と言うものでのぅ…何とかして信頼を回復しなけりゃならん。しかし、わしみたいな老いぼれが今更頑張った所で、何も変わりはせん。だからと言ってここは最底辺の学校じゃ、皆に出来るものも限られとる。』
普通の学校なら明らかに嫌味なこの発言も、この学校ではさらっと流される。もはやそこが気持ち良い。
『そこで、じゃ…。』
そう頭の片隅で考えていた矢先、理事長は声のトーンを一気に落とし、重々しい口調で話を切り出した。
『これからこの学校の目標を、能力省長就任とする!』
その言葉がどこかへ消え去るまでに、学生は一気に慌しくなった。驚きのあまり、俺も思わず口を閉じるのも忘れていた。まさか…能力省長だって?
「ちょ、ちょっと待て!それじゃ何だ?俺たちは全員B−1出場って事か?!」
「どうなんだよ!?それは無茶苦茶だろーが!!」
「俺、ほこりをちりにしか変えられねーんだぞ!」
慌てふためく一同(1人だけ主張がおかしい)に、教師たちも声を荒げて静め始めた。体育館の中で行われた終業式は、一気にパニックに陥ってしまった。そんな俺たちを場に合わない口調で制しだしたのは、事態を悪化させた張本人・理事長だった。
『待ちなさい、待ちなさい…確かに皆が慌てるのも無理は無い…しかし、これ以外に方法は無いのじゃ。』
「もっとあるだろ、普通!!」
「俺たちにだって、選ぶ権利があるだろ!!」
「ほこりをちりにしか変えられないで、何が出来るんだよ!」
普段は馬鹿な俺たちでも、嫌なものは嫌と言う権利くらいはある(1人だけ嫌がる理由がおかしい)。ある程度なら『教育の理念』として無視されるところだが、今回はスケールがでか過ぎる。能力省長は、つまり政府の中の省の長であって、総理以上に権限を持つ事もある人物だ。それをこんな最低ランクの学生に目指させるなど、そんな話があって良いものだろうか。
「理事長!そんな話、我々も聞いていません!」
「マジかよ!?」
突然放たれた教師たちの声に、俺たち生徒は全員ツッコミをいれた。尚騒がしくなる館内に関わらず、理事長は話を続けた。
『心獣とは、学歴や知能指数に関係無く、誰にでも可能性を与える存在じゃ。わしや先生たちを含め、誰もが能力省長になれる可能性がある。ならばそれを狙わずして、一体わしらに何が出来よう?』
抵抗する声の中で、俺は少し考え込んだ。確かにそうだ。学校は今、評判を上げる必要がある。俺たちが謝っても、事態が良くなるとは考えにくい。そしてB−1を制して能力省長になり、うまく国を動かせられれば、まだ何とかなるかも知れない。今俺たちに残されている中で、最も確かな事かも知れない。
『それに、B−1へ参加する生徒にはもちろん、内申書に加点が入る!そして能力省長になった生徒には特別に、過去最大規模の内申書の加点じゃ!!』
「か…過去最大規模の…!」
「加点…!」
言っている意味がよく分からないが、能力省長になれば、相当の優越感が味わえるらしい。理事長のその言葉を聞いた瞬間、その場にいる全員が口を閉ざしてしまった。一体その加点によって、何が起こるのだろうか?様々な想像をめぐらせる俺たちに理事長は、とどめの一言を放った。
『それさえあれば、一生を遊んで暮らす事も可能!!』
「お、俺絶対になってやるぞ!!」
「何を!俺の方が断然有利だぞ!」
「ほこりをちりに変えてやる!!」
理事長の自信満々の発言に乗せられた生徒たちが、今まで見た事も無い程の満面の笑みを浮かべ、期待に胸を膨らませた(1人だけ絶対無理だが)。浮かれる彼らに教師たちも、黙らせるのが精一杯だった。俺は口元に笑みを浮かべ、目を鋭くさせた。
「(B−1を勝ち抜けば、この現状が変わるのか…面白そうだ…やってみる価値はあるな)」
俺は新たな目標を手にした事を知り、拳を固く握り締め、『B−1制覇』という壮大な野望を掲げるのだった。
ただ、気になるのは…
最後の理事長のセリフは、きっと出任せだろう…
何故なら、この生徒の中から能力省長が出た時、
そのほとんどが卒業しているからだ
>>シンディ
「良いか?私はあくまでも高3だ。これから受験に向けて本格的に勉強する必要があるし、これから遊んでいられなくなる事が多い。ただ間違えないで貰いたいのは、遊びたい欲求が消えた訳では無いのだ。これからしっかり仕事をし、遊んでいくために、今こうして勉強しなければならない、そういう意味なのだ。だから今年度にしても、勉強の傍らで遊ぶためには、早めに勉強しておいた方が自分のためであるし、何より友人たちのためにもなる。私が言いたいのは、そういう事だ。分かるか、お前ら?」
私の見事な演説を、こいつらはものの見事にスルーしていた。せっかく静かな図書室で勉学に励もうとしていた所を、いつもの3人組が押し寄せ、よりによって私と同じ机に座ったのだ。目の前には良が、それを挟むようにして水鏡とシンゴの2人が、井戸端会議に花を咲かせていた。
「良君。生物占いって、知っている?」
「知ってはいるが、詳しく知らない。」
「それじゃ、僕が占ってあげるよ。まずは生年月日から。」
『生物占い』と題された本を手に、水鏡は楽しそうな顔をする。
「それじゃ、何時何分何秒に生まれた?」
「そこまでは知らん。」
良の冷静なツッコミも、今の私にしてみれば、私の堪忍袋の起爆剤の1つでしかない。
「…あ、出たよ!良君はね……『雑種犬』だよ!」
「プフー!雑種だってよ!良、お前雑種だってよ!プフー!」
他人の不幸を笑うシンゴの姿は、いつ見ても私の気分をかき乱す。
「しかも見てみろよ!『負け犬』とか書かれてやんの!良、可哀想だなー!プフー!」
いつまでも笑い続けるシンゴに良は、突然グーで殴りかかった。良の拳はシンゴの腹に食い込み、彼はきれいな放物線を描きながら、貸し出しカウンターの奥まで飛ばされた。
「良君、やり過ぎだよ。いくら占いで嫌な結果が出たからって、所詮占いなんだから。」
「それもそうだな。そういう事にしておこう。…いやなに、シンゴの言動に蔑みが感じられたものだから。」
「おい、お前ら。」
その時私は、たまらず口を開いた。彼らは、私が何故口調を荒げているのか、全く分からないと言った表情を見せた。
「腐ってもここは図書室だ。静かにしろ。暴れるな。私の勉強の邪魔をするな。」
「水鏡、俺は負けていないぞ。」
こいつ、見事に無視しやがった!
「分かっているって。良君は誰にも負けていない、うん。」
「水鏡、お前は俺の言いたい事が分かるよな?」
「ごめんなさい。」
私の怒りに満ちた声で、ようやく水鏡が理解してくれた。あとは良だけだ。
「良、お前も分かっているな?」
「その前に、ずっと横にいる北岡先輩は、どうでも良いんですか?」
私が横を振り向くとそこには、先程から気持ちよさそうに寝続けている拓弥の姿があった。つまり良は『俺の事を言う前に、まず拓弥を注意しろ』と言いたいらしい。
「拓弥は静かに寝ているから、論外だ。」
「なるほど。」
ようやく良も納得したらしく、しばらく図書室に静寂が訪れた。時たま良が「負けていない」と呟くのが気になったが、それでも静かにしていた。
「それにしても…理事長先生も凄い事言うよね。僕らに『能力省長になれ』なんて、この学校以外じゃ絶対無理な指示だよ。」
水鏡の呟きに、私や良は納得し、苦笑いを浮かべた。恐らくあの言葉は、私たちに向けて言ったものに違いない。自分たちの非は自分たちで拭いなさい、そういう意味だと私は受け取っている。
「でも、良君たちなら大丈夫かもね。何だってあんなに派手な心獣が使えたら、否応にも強くなるよね。」
私たちを羨む水鏡の発言に、私は良と視線を合わせた。そして目で会話した。
「水鏡はまだ、そんな基準なのか。」
「多分治らない。気にしない方が良い。」
普段何も通じ合わない私と彼だが、こればかりは理解出来た。
「さて、と…俺はもう帰る。」
そして突然、良はそう言い放ち、席を立った。何の前触れも無いその行動に一番慌てたのは、水鏡だった。
「え、もう帰っちゃうの?!」
「あぁ。今日は特別に登校の指示が出たからな。あまり長居しない方が良いだろう。」
「…でも、これで停学は終わりなんだよね?」
水鏡の質問に良は、
「実質上、な。形としては夏休み終了までだ。それまであまり暴れられないのが、残念といったところだな。」
喋りながら片付けをする良の姿に、私はB−1に対する意気込みを感じた。良の事だ、きっと帰って練習でもするつもりだろう。勉強をする私に対して気遣おうとか、そういう思いは一切無いに違いない。
「最後に水鏡。」
「何?」
あとは帰るだけという段階で、良は急に動きを止め、こんな言葉を口にした。
「俺は負けていない。」
「分かったから(汗)。」
>>良
「へぇ…あの理事長らしい選択ね。」
時刻はもう夜の8時前だ。リビングにしか明かりを灯さなくても良いというのは、なかなか便利だ。いつも1人しかいないため、俺の夕飯の時間は少し早い。だから俺の中では『もう夜の8時か、今日は少し時間がかかったな』といった感じだ。目の前の大皿に盛られたおかずをパクつきながら、俺は目の前をチラリと見た。
「確かに、それ以外に手があるかと言われたら、それしか無い気がするわ。あの理事長…とぼけたフリして、なかなかの策士じゃない。」
俺の目の前、晩飯の向こうには、やはりおかずをパクつく命の姿があった。
「そう思わない、良?」
「当たり前のように飯を盛って、こうやって晩飯を食べているが、お前は何故ここにいる?」
迂闊だった。もうとっくに帰ったと思っていたのに、何故か命は俺の家に、あろう事か晩飯まで食べているのだった。
「お前じゃ無いわよ。」
「命だな。そうだな。でもそれはどうでも良い。俺はもっと別の事が気になるのだ。」
「このお肉、美味しいわね。良が作ったの?」
…。もう良いや(泣)。
「それで?もちろん良も参加するんでしょう、B−1に?」
「当たり前だ。この間の計画が終わった時から、俺の目標は無かったんだ。これを機に俺は、新たな目標に向かって進もうと思う。」
「…そう。」
励ましているのか貶しているのか、よく分からない返事だった。尤も、そんな命の口調はいつもの事だから、俺は大して気にも留めず、食事を続けるだけだった。
「頑張ってね。」
俺はしばらく動きを止めた。命のその言葉は突然だった。会話の流れとして、明らかに成立していない。その不自然さが気になって、俺は命を見た。
「B−1、頑張ってね。」
「…あぁ。」
そう言って微笑む命を見ても、彼女が何を考え、何を伝えたかったのか、俺にはさっぱり分からなかった。ただ、俺のこの行動を否定されていない事だけは、火を見るよりも明らかだった。
「ところで命…俺は負けていない…よな?」
「何よ、急に(汗)。」
新しく始まる生活は、夏休みだった
スターライト高校は、世の中の流れに乗り
B−1に向けて大きく動き始めていた
そしてこの動きが俺たちの日常すらも
ゆっくり且つ大きく変えていくとは
この時、誰も想像していなかった
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