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>>命
「命、朝から一体何を見ているのかなー?」
背後から聞こえてきた渓の明るい声で、私は意識を取り戻した。教室に入ってからというもの、どうも私は本に夢中になっていたらしかった。
「おはよう、渓。」
「命が本に夢中になるなんて、珍しいわね。一体どんな本なの?」
そう言って渓は、私の持っている本を覗き込んできた。オレンジで彩色されたその本こそ、今話題の『生物占い』だった。
「あ、これ例の占いじゃない!見せて見せて!」
元々占いや診断が大好きな渓は、表紙を見た途端に目の色を変え、私から本を奪おうとし始めた。もちろん私はそれを阻止すべく、本を机の脇に避難させた。
「分かっているわよ。でもその前に、人のものを取りたがるその癖、早く治してよね。せっかく買いに行った本が汚れちゃうわ。」
「あはは、ゴメンね…。」
照れ笑いを見せる渓に私は、そっと本を手渡した。彼女は待っていましたと言わんばかりに、本を凄い勢いでめくり始めた。
「…あれ?渓、これって確か何時何分何秒生まれかも、必要じゃなかったっけ?」
「それはプロ用の話でしょ。これはその簡易版…一般用だけど。」
軽く頷きながら渓は、しきりに本を読み進めていった。真剣に本を読み進める彼女の横顔が楽しくて、私は少しだけ笑みを浮かべていた。そして調べ終わったのか渓は、ふと言葉を漏らした。
「『蚊』ねぇ…ま、確かにそれっぽいかな?」
「ふぅん。渓は『蚊』だったの?」
「え?!」
私の至って自然な反応に、何故か渓は慌てた口調だった。
「ち、違うわよ。私は『亀』よ、『亀』、うん!」
「あら、そうなの?それじゃ、さっきの『蚊』は――?」
「ちょ、ちょっとだけ見間違えたの!うん!見間違い!本当なの、信じて!」
そうは言うものの、彼女は何故か私の目を見て喋ろうとしなかった。私は、彼女が何か隠している事に気付いたけれど、これ以上尋ねるのは可哀想な気がした。
「そう…なら良いわ。」
挙動不審になる渓から本を返してもらうと、私は『鯛』のページを開いた。そしてその最初の文字を読んだと同時に、教室の扉が元気良く動いた。
「おっはよー!今日も1日、疲れなんかぶっとばせー!」
「おはよう、智尋。」
朝から元気な智尋に、私は静かに挨拶した。その代わりに渓は、智尋の風体に引いていた。何故彼女が水いっぱいのバケツを持って登校してきたのか、その理由は私たちにも分からなかったけれど、それはそれでいつもの彼女なので、私はひとまず安心した。
「あ、命ちゃんもしているの、その占い?しかも一般用だー!」
「そうよ。近くの本屋で売っているって話を聞いたから、買ってきたの。」
「へー、そうなんだー。」
智尋はよろめつかせながら、バケツを私たちの机のそばまで運んできた。気温が朝なのにも関わらず高い事と、あまり体力の無い彼女には重労働だった事が重なり、彼女はすでに汗だくだった。首周りに丁寧に巻かれたタオルで額を拭きながら彼女は、途端に鋭い口調で一言付け加えた。
「わざわざ?」
「えっ?」
もう遅かった。今のような彼女の一言に気がつかない程、渓は頭の抜けた子では無い。彼女は何もかも見透かしているかのような目線で、じっと私を見てきた。
「へ〜…わざわざ買いに行きたくなる理由は、一体何なのかしら?ん?」
私は軽く笑っただけで、後はポーカーフェイスを決め込んだ。まさか良に触発されたからとは、その時の空気では言い出しにくかった。それでも私の口から言わせようと懸命になる渓は、私の顔をしきりに覗き込んでくるのだった。
「そうそう、渓ちゃん、この間言っていた話…本当に明日するの?」
そんな一触即発の空気を払ってくれたのは、そんな空気を作り出した張本人・智尋の一言だった。
「そうよ!ついに女学院から伝わる謎を、自分たちで解決させる時が来たのよ!」
彼女の言う『謎』とは、女学院七不思議の事だった。いくつかはデマ或いは検証が取れているとは言え、残りのいくつかは未解決のままだった。それを兼ねて、さらに夜の学校で肝試しをしたいという彼女の希望も含め、『女学院七不思議解決肝試し大会』が計画されていたのだった。私はこの大会に賛成だけど、1つだけ問題があった。それは、
「どうして私の知らない間に、そこまで話が膨れたのかしら?」
問いただす私に渓は、何ら悪びれる様子すら見せず、あっさりとした口調で答えてくれた。
「命たちを驚かそうと思って、私と遥の2人で計画していたのよ。『学校』をふんだんに利用しなくちゃ、勿体無いもの。」
夜に生徒が校舎をさ迷い歩くのは如何なものか、警備システムに引っ掛かりはしないか、そういった不安とは別次元に彼女、渓は生きていた。私は大きなため息をついた後、力の抜けた声で口を開いた。
「…分かったわ。明日の晩の警備は、無理を言ってでも私のところの警備隊に任せる事にするから(汗)。」
「やった!」
私の言葉に渓は喜び、智尋と2人で、その場ではしゃぎまくっていた。私の知らないところで大きな事をしようと動き、無茶な事をしようとするのは、渓の昔からの性格なので、今更驚く事も無いのよと、私は自分に言い聞かせていた。
そして授業が始まる時、2人が誤ってバケツの水をぶちまけてしまったため、彼女たちが掃除をさせられたのは、言うまでも無い事実です。
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