第02話


>>
ほんの少し昔までなら、この時間の教室には、真っ赤な夕陽が差し込んでいた。それさえも忘れさせるほど7月の教室は、まだ白い太陽を中に取り入れ、机を輝かせていた。締め切られた教室の中で、私は息を潜めていた。誰にも知られずに、誰にも気付かれずに。
「(8時…8時、20分過ぎね。)」
携帯の時計は、もう8時25分を指している。完全下校を1時間以上も超過した、こんな時間まで学校に残っている生徒は、さすがの陸上部でもいなかった。先生たちもほとんどが家路に着き、残っていても職員室にいる状況の中、私は自分の教室で1人、外の気配を伺っていた。
その時、扉が3回ノックされた。私は施錠された扉の前にまで来ると、廊下に立っている人物に、扉1枚隔てたまま話しかけた。
「山。」
「川。」
「鯉。」
「空。」
「We are」
「the robots.」
私は静かに扉の鍵を開けた。
「合格〜!」
「お姉ちゃん、この合言葉の意味は何?」
「良いじゃない、雰囲気よ、雰囲気!これをしない子は、絶対に入れてあげないからね。」
廊下で唖然とする遥ちゃんを無理やり教室に連れ、私は再び鍵をかけた。
「ねぇ、本当にするの?」
「当たり前よ。私がこんなに手の込んだ事をするなんて、そうそう無いわよ。」
とりあえず遥ちゃんを教室の椅子に座らせて、私は再び警戒態勢に入った。
「肝試しなら、もっと別の場所でしようよ…。」
そう、今夜は待ちに待った肝試しの日。私は事前に命たちと打ち合わせをし、こうやってこっそり学校に忍び込んでいるのだ♪
「先生に見つかったら、すごく怒られるだろうな…。」
「安心しなさい。それも含めて肝試しだから。」
少し凹む遥ちゃんは、私服の和服を着込み、持ってきた扇子で顔を扇いでいた。家柄が純和風のためか、その全てに洋風さが見当たらない。
「肝試しっぽい(笑)。」
その時、廊下から人の気配が感じられた。
「誰か来たわ。静かにして。」
私は廊下の人間が先生だった時のため、右腕の心獣に力を込めた。もし計画がばれそうになったら、このジャミロクワイで相手を気絶させれば問題無い。私が気を引き締めていると、廊下の人影は教室の前で一旦止まり、
「開けて〜〜!!」
私は黙って、教室の鍵を開けた。
「お姉ちゃん、もう前言撤回?!」
「世の中にはね、思い通りにいかない人がいるのよ(汗)。」
扉を開けて教室に入ってきたのは、智尋だった。
「やっぱり夜の学校は不気味だね。お化けが出ちゃうかも?」
全然怖がる気配を見せない智尋は、大きな帽子にヒラヒラとしたスカートをひらつかせ、教室に入って――って、ヒラヒラ?!
「智尋。確かに私は『私服で来なさい』と言ったけれど、あなたの私服はもっと地味でしょ。そんな舞踏会に出るような服なんか着て、何をするつもり?」
そう、7月は熱いという事も考慮して、服は私服と指定してある。事実、私なんてジャージ姿でやって来た。なのに智尋の服は、どう考えても礼服或いは一張羅と呼ばれる類のものを身に纏っていたのだ。私の指摘に智尋はスカートの裾をヒラヒラとさせながら、
「だって、夜の学校だよ?お化けが出るかも知れないんだよ?たくさん出るかも知れないよ?そしたらダンスホールに早変わりだよ?それだったらもう、優雅に踊るための服装でいかなきゃ、相手に失礼かと思って。」
尋ねた相手が悪かった。尋ねた私が馬鹿だった。ジャージと礼服では、何だか負けた気になってくる。そのまま教室の鍵を閉めると、私はしばらく教室の床に『の』の字をいくつも書いていた。
「…あ、始めまして…。」
「…あ、もしかして、渓の従妹さん?」
私のいじけをよそに、2人はおどおどとしながらも会話を始めた。そう言えばこの2人、『会うのは今日が初めて』って言っていたっけ?
「初めまして。渓の同級生の兎柳木智尋。兎と柳と木で兎柳木。よろしくね。」
「はい…火鳥遥、です…。」
「遥ちゃんかぁ…それじゃ私、智尋お姉ちゃんって呼ばれちゃうのかな?」
早いなぁ、あだ名決定するの!しかも自分で決めちゃったし!
「渓も、そう思わない?」
その上私に同意を求めてくるし!
「思わない?」
「い、いやぁ…どうかなぁ…?」
「思わない?」
「う〜ん…あまり…。」
「思わない?」
「分かったから、分かったから!思う!思うから、そんなに近寄らないでよ!」
智尋の顔が私の顔から数十センチまで近づいた時、私は根負けした。彼女はそれで満足したのか、私の元から離れ、遥の頭をわしゃわしゃとかき回していた。あれが彼女なりの愛情表現らしいけれど、される本人はたまったものではない。遥も若干迷惑そうな顔をしていたけれど、仲良くしているところを邪魔するつもりも無いから、私は止めずにいる事にした。
「…あれ、そういえば命ちゃんは?」
ひとしきり遥の頭を撫で終えると、智尋は今更気付いたのか、すっとんきょうな声を発した。確かに、教室に命の姿は無かった。
「命?どうせ着替えに手間取っているか、ゆっくりしているか、でしょ。」
「失礼ね。」
私が若干ひねくれた発言をしたその時、教室の扉が何の前触れも無く開いたかと思うと、その先に命が仁王立ちしていた。
「み、み、命?!」
彼女はどうも教室の前でずっと待機していたらしく、私の発言に鋭く非難してきた。
「面倒な事になるといけないから、女学院の警備をうちの機動隊に任せるように交渉していたのに…その発言は一体何かしら、渓?」
「…え?その話、本当だったの?!」
「本当よ。」
さも当然かの如く頷く命に、私は開いた口が閉まらなかった。昨日の話は、命の軽いジョークだと思っていたから、無理も無かった。
「渓、これで安心して校舎を歩けるわよ。」
そんな私を、変な物でも見るような目つきをこちらに向けながら、命が喋りかけてきた。その言葉で我に返った私は、これでメンバー全員が揃った事に気付いた。
「…よ、よ〜し!それじゃ、早速行くわよ!」
私の掛け声とともに、夜の校舎、女4人は勇んで歩き始めたのだった。


「それじゃ命ちゃんは、遥ちゃんとは知り合いだったんだぁ。」
智尋の呑気な声が、夜の静寂に響き渡っていた。4つの足音しか聞こえないこの廊下が、やけに不気味だった。それも重なって、遥の事を褒め続ける命の声が、私の耳からすればやけに楽しげに聞こえた。
「えぇ。特にテスト前には、しょっちゅう彼女の元へ足を運ぶわ。この子、どんなに難しい問題も、簡単に解いちゃうのよ?」
「そんな…お姉さまにそんな事言ってもらえるなんて私、照れちゃいますよ…。」
そう謙遜する遥だけど…まさかこの子が命の仔猫ちゃんの1人だったなんて、私は少しも知らなかった。
「ねぇねぇ…遥ちゃんは、命ちゃんのどこに憧れているの?」
「え!?…え、えっと…。」
智尋の一言に、遥は顔を赤らめながら、ちらちらと命の顔を伺っていた。本人を目の前にしてそんな事を言うのは、彼女にとって冒険に等しいのかも知れない。事実、まだ上級生がいるにも関わらず、2年生である命に慕う後輩は少なくない。
「(カリスマか何かがあるんだろうな。)」
そう私が考えていたら、不意に命が私たちの足を止めた。
「ここよ。」
そう言って彼女が指した先には、トイレへと通じる入り口があった。ポッカリと口を開けた入り口は、夜の暗さと重なり、底なし沼を連想させていた。
「ここが七不思議の1つ『3番目の女子トイレ』よ。」
「さ、『3番目の女子トイレ』って…!」
「あの、そこのトイレではどんな携帯も圏外になるっていう、あの?!」
早速恐怖の入り口を見つけた私たちは、その奥に隠された血みどろの歴史を想像し、各々冷や汗を流していた。昔この女学院に、皆からいじめられていた女学院生がいた。ある日彼女がトイレに入っていると、外に苦手な不良学生がたむろってしまった。彼女は出るに出られず、何日もそこに隠れざるを得なかった。でも、その不良たちがそこから出ようとする気配は、少しも無かった。そして彼女が閉じ込められてから16日後、彼女はとうとう力尽きてしまった。あの時自分に携帯があれば…あの時もう少しねだっておけば…彼女のそんな思いが強い力となって、現在もこのトイレで――
「ま、ただ鉄筋コンクリートに囲まれているだけだけど。行くわよ。」
「ちょっと待って、命(汗)。」
私はさっさと歩こうとする彼女の裾を掴み、引き止めた。
「何?服が伸びるわ。」
「命〜…確かにそうだけど、あまりハッキリ言わないでくれない?せっかく雰囲気出てきたんだから、空気でごまかしてよ。」
せっかくあそこまで設定を考えたのに、これでは私の苦労が癒されない。私がいくら目でそう語っても、命は意に介さなかった。
「そう言われても、女学院の七不思議って、もういくつか解決しているじゃない。『音楽室のオーケストラ』は、大会が迫っていた吹奏楽部が、無断で使用しているのがバレないように、教室の明かりを消して練習したのが原因でしょ?」
「う…さすがは命。鋭いじゃない。」
「『夕陽の中の雪女』も、見間違いだって話が有力らしいわ。それに『放送室の自縛霊』に至っては、放送部員の想像なのよ?」
一体いつそんな事を調べたのか、彼女の話は説得力があり、且つ信憑性もあった。淡々と説明する命に、私は少しだけイラついた。
「わ、分かったわよ!それなら他の七不思議を調べれば良いのよ!」
「そうね。そうしましょう。」
私と命は足並みを揃え、早足で歩き始めた。興奮する私と冷静な命…2人の相反する女学生は、次なる怪奇現象を求め、夜な夜な校舎を歩き始めた。つかつかと響く靴の音を耳に、私たちは気合を入れずにはいられなかったのだった。




>>智尋
でもよく考えたら、こんな時間にこんな場所にいる私たちの方が、よっぽど怪奇現象だよね。

 戻る