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>>渓
優盟女学院に伝わる七不思議は、奇妙なものばかりだった。夜な夜な音楽室からオーケストラが流れる、放送室に亡くなった少女の霊が住み着いている、夕方に長髪の雪女が現れる…これら3つはデマ或いは作り話である事が、既に証明されている。また、どんな携帯でも圏外になる3番目の女子トイレや、女学院の理事長による参考書の買い漁りも、七不思議の1つではあるものの、誰も興味を持っていない。
「よって私たちが調査する七不思議は、残りの2つ!」
私はとある廊下の壁にかけられた女学院の地図を指差しながら、夜の暗さを意識しないよう、わざと大声を上げて説明していた。
「『風の無い日でも揺れ動く第2家庭科室のカーテン』と『遅くまで残っている生徒を食べる蜘蛛男』!」
「うわぁ〜…怖いなぁ〜。」
笑顔を浮かべたまま、智尋は呟いた。学校にやって来てからというもの、彼女はずっと楽しそうな顔ばかり浮かべていた。この子、あまり怖がらない子だったっけ…?
「それなら、第2家庭科室へ向かえば良いわね。」
その時命が、私の声が闇に包まれないうちに、少し大きな声で喋りかけてきた。
「蜘蛛男の件については、こうやって私たちが残っているから、出てくるのを待つだけだし…それまでの間に、カーテンの件を終わらせるわよ。」
「そーゆー事。…何だか、だんだん肝試しっぽくなってきたわね。」
「渓が言ったんでしょ?『肝試しがしたい』って。」
「そ、そうだけど…。」
いざやってみると、夜の学校って怖いなぁ。昼間の姿をいつも見ている分、誰もいない廊下が気味悪いし。
「渓、私が先頭を歩いた方が良いかしら?」
「大丈夫。平気だから。」
命の心配をよそに、私は3人の先頭を歩いていった。本当は少し足が震えているけれど…言い出した本人が怖がるのが恥ずかしくて、言い出せずにいた。
「火鳥さん、大丈夫?」
命は命で、ぴったりとくっついて離れない遥に、優しく声をかけていた。
「だ、大丈夫です、大丈夫です。」
「そう。」
「…。」
それだけって…命、冷たいなぁ(汗)。
結局目的の部屋へ辿り着くまでの間、あれだけ澄ました顔をしていたのに、命が一番喋っていた。それは主に遥を気遣うためだったけれど、自分の恐怖を和らげるためでもあるように感じた。
「さ、第2家庭科室に着いたわよ。」
私が足を止めたその眼前には、1枚の扉が立ち塞がっていた。この扉の先に潜む怪奇現象を思い出し、各々生唾を飲んでいた。
「…あれ?でも、どうやって入るの?鍵が掛かっているんじゃないの?」
それでも怖がる素振りすら見せない智尋が、大切な事を言ってきた。言われてみればその通りだと、命の背後から遥が、不安そうな目で私を見てきた。夜の学校という恐怖のために、いつもの鋭い洞察力がすっかり抜けてしまっていたらしい。
「安心しなさい!どうやって私が待ち合わせ場所の教室に入ったのか…解決の鍵はそこに存在する!」
そう自慢げに叫ぶと私は、ポケットからヘアピンを数本取り出し、高らかに見せ付けた。
「秘技『ピッキング』!」
とりあえず自己満足したので、私はさっそく作業にかかった。防犯上ここで手順は伏せておくけれど、これは立派な犯罪なので、良い子の皆は真似しないように!
「私の機動隊に言って、鍵を開けてもらった方が、早くない?」
命は私の腕を心配したのか、電話に手をかけた。その瞬間――
「よし!開いたわ!」
金属がバネで弾き飛ばされるような、そんな音と共に、扉はぽっかりと真っ黒な口を開いたのだった。
「渓…あなた、どこで覚えたの?」
「教えられないわ、企業秘密よ。」
私は適当に話を流しながら、皆を教室の中に入れた。最後に智尋が入ったのを確認した後、私は廊下を見渡した。誰もいない。良かった。
「渓、扉閉めないの?」
不意に命が、私の行動を不審に思ったらしく、思わず声をかけてきた。その口調は驚きと共に、どこか怒りにも似たものがあった。
「緊張感よ、緊張感。扉を閉めたら、思わず声が大きくなっちゃうでしょ?それで見つかって怒られるの、嫌だし。」
私の言い分に一理を持ったらしく、命は軽く頷いただけで、それ以上の詮索はしなかった。
「さて、と…七不思議で言われているカーテンが、一体どのカーテンの事か…徹底的に調べ尽くすわよ!」
「おー!」
私の気合のこもった掛け声に反応してくれたのは、智尋だけだった。それを無視してカーテンを調べ始める私たちの姿を見て、命はふぅっとため息をついた。
「仕方ないわね。火鳥さん、まだ怖いかしら?」
「い、いえ…もう大丈夫です…。」
「それなら、一緒にカーテンを調べるわよ。私のそばでも良いから、あの子たちを手伝ってくれる?」
命に指を指された気がしたけれど、今の私はそんな事に構っていられないほど、忙しかった。
「は、はい!」
「ふふ…火鳥さんは素直ね。」
こうして女子4人による、噂の場所となった第2家庭科室の徹底的な現場検証が、実しやかに行われたのだった。
「どう、見つかった?」
時計の針は既に10時を回っていた。すっかり疲れ切った私たちは、各自適当に椅子に座って、事後報告会をしていた。
「どうって事無かったわ。ただのカーテンよ。」
「やっぱりこれも、誰かの作り話だったんじゃ…。」
「その可能性は高いわね。」
誰かがため息をついた。あれだけ真剣に調べ続けていれば、誰でも疲れるだろう。現に私も、既に肩が悲鳴を上げているし。
「…疲れたわね。」
「もう帰る?」
だから話は自然にまとまっていった。
「最後に1つだけ、結論でまとめさせて。」
私は帰り支度を始めだす彼女たちを制し、ハッキリとした口調で言い切った。
次の肝試しは、墓場でやろう
「…あ、あれ?!ちょ、ちょっと皆?!」
私の結論がよほど気に入らなかったのか、皆は扉を開け、今まさに帰っていくところだった。
「ちょっと、待ってよ〜!あんまり危なくない場所にするから、ね?それともお化け屋敷とか?ね、ね、ちょっと!皆待ってよ〜!」
4人の足音と1人の叫び声は、廊下中に鳴り響き、しばらく消える事は無かった。
>>The Voice Of Energy
誰もいない第2家庭科室には今夜も、ぼやけた月光が差し込んでいた。冬よりも汚れた空気が、舞い降りてくる光にフィルターをかけるからだ。見た目だけなら、あと数ヶ月待って下さい、月はそう語っていた。
「…もう大丈夫、かな?」
何の前触れも無く、声が響いた。少し甲高いが、確かに男の声だった。どこから発せられたか分からない声ほど、不気味なものは無い。しばらく間を置いた後、突然カーテンが揺れ始めた。カーテン越しの光が、天井から降りてくる男の影を捉えていた。ほとんど音を立てずに着地した男は、教室を見渡した。先程まで騒いでいた少女たちは、もういない。
「ふぅ〜…ようやく静かになる…僕は、女の子のそこが嫌なんだよなぁ〜。」
一体彼女たちは、どうしてこうも甲高い声ではしゃぐのか、さすがの彼も、それが耳障りなようだった。
「ま、それ以外は何でも好きなんだけどね♪」
男はニヤリと口元を歪ませ、ニタニタと声を殺した笑い声をあげた。その時だ。
「やっぱり。」
突然背後から聞こえてきた少女の声に、男は驚きのあまり、背筋に寒気が走ったのを覚えた。豪快に扉が開けられたと同時に、そこに1人の少女――渓が立っていた。
「他に誰かいる気配がしていたから、先に命たちを返しておいたけれど…正解だったわね。」
「君はさっきの…。」
もちろん、男は知っていた。何故ならば彼は、最近この教室の天井に住み着き、秘密の穴から下の様子を覗いていたからだ。渓たちがこの教室のカーテンを調べに来ていたのも、全てお見通しだ。――渓がやって来たのを除けば。
「…色々聞きたいけれど、僕がまず知りたいのは1つ。どうして分かったのかな?」
いつの間にかずれていた眼鏡を直しつつ、男は渓に尋ねた。
「『どうして分かったか』だって?」
渓はまるで挑発でもするかのような口調で、荒々しく返事した。
「私は確かに、扉を開けたの。そして誰も扉には近づいていない。なのに帰りは、その扉が閉まっていた…おかしいじゃない。」
その言葉に男は少しばかり焦った。確かに彼は途中、違う出口から下に降りている。何の拍子だったかは忘れたが、確かに扉を閉めた覚えがある。
「そーいや、思わず閉めた事があるかも…。でも、それが気のせいだったら、どうするつもりだったのかな?」
「話を逸らさないで。あなたはこの学校の生徒でも、教師でも無い。そもそも関係者でも無い。…あなた、誰よ?」
ふざけた口調で話を続ける男に、渓は刺々しい口調で対抗した。そしてそれは、男に対して確かに効果があった。男は感じていた。『この子、僕を懲らしめるつもりだな』と。
「…そうだね。下校時間を過ぎたこんな夜に女の子がいるよりも、不審人物である僕がいる方が、明らかに違和感だしね。」
ボサボサとした頭を掻きながら、男は少しだけ前に出てきた。距離が縮まった事で、2人はお互いの顔をはっきりと確認した。男はまだ二十歳になったばかりといった、青年だった。全身に白い服を着込むその姿は、まるでどこかの宗教を思わせた。
「僕の名前はイトマキ。ただの女誑しさ。」
「うわ、変態(汗)。」
不審者だと思ってやって来たのに、相手が変態だなんて――渓は少し後悔していた。
「でも、女誑しって事は…もしかして、あなたが噂の蜘蛛男?」
「へぇ、蜘蛛?」
イトマキはその言葉に興味を惹かれたのか、顔を綻ばせた。
「偶然だけど、僕の心獣は蜘蛛型だよ。」
「それは素敵な偶然だ事。」
途端、渓は右腕に心獣を発動させた。淡く銀に光るジャミロクワイの姿は、窓から差し込む月光よりも美しかった。
「分かっているわね?あなたが逃げないよう、私が相手をするわ。」
「それじゃ、僕が勝った時は、今度四条へデートでもしよっか。」
イトマキはさらに顔を綻ばせ、薄気味悪い笑い声を上げた。もはや人間としての顔をしていない彼に憤りを感じ、渓はさらに気合を入れるのだった。
「ところで…君の名前は教えてくれないの?」
「私が負けたら教えるわよ。負けないけど。」
「教える気は無いって事か…でも、僕が勝ったら、その可愛い口で言って頂戴ね♪」
渓との間合いを詰めるべく、イトマキは少しだけ駆け足になり、一気に彼女の元へと接近するのだった。
カーテンと言うフィルターを通した光の中で、
2人は激しく火花を散らす事となった
渓は心に誓った
「このキモい男倒してさっさと帰ろ」
と…
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