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>>遥
少し強めに巻いた帯と、唇の紅が、私の緊張感を持続させ続ける。
「まだかな……?」
リーフは約束の時間の、15分前を教えてくれた。さっきは15分前だった。その前は15分前だった。そのさらに前は16分前だった。
「うぅ……落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ……」
それでも、またリーフを見てしまう。約束の時間まで、あと15分。
「どうしよう……私、人生で一番緊張してる」
家のガラスを割ってしまって、どうやって誤魔化すかを考えているのとは、訳が違う。時間が来なければ、何をしたって変わらない。どうしようもない不安が、私を妙に緊張させている。
「しっかり……気をしっかり!」
「何をそんなにそわそわしておるのじゃ?」
「きゃっ?!」
突然の呼びかけに、私は思わず悲鳴をあげてしまった。振り返ったその先には――
「小生、無理の無い約束に逃げたりなどはせぬ」
「あ、いえ、その……」
私とほとんど変わらない身長のハーフ・フェイスさんの顔を、私は直視出来なかった。彼がやって来た途端、私の心拍は勢いを増してくる。
「お主が『この町を案内する』と申し出てくれた時は、とても嬉しかった。小生も、しばらくここに滞在しようと考えていたところなのじゃ」
「ほ、本当ですか?!」
急に声のトーンが上がったのを、私は自覚した。
「うむ。ここは空気も人も良い所じゃ。お主のような心優しき者に出会えて、光栄に思うぞ」
「あの……それなんですけど……」
私は恥じらいながら、それでも勇気を出して言ってみた。
「ハーフ・フェイスさんは丁寧な方だから……あまりそういう事をなさらないでしょうけど……その〜……」
「? 何じゃ?」
「『お主』じゃなくて、その……は、『遥』って……その、『遥』って『お主』じゃなくて……」
気をしっかり、私(泣)!
「名前で呼ばれたいのか?」
「あ、それは、その、ほら、親しい人ってのはいつも、名前で呼び合ったりするじゃないですか、親しくなりたいなって、ほら、呼び合ったり親しいので、親しく、ほら、親しいので……!!」
気をしっかりして、私(泣)!!
「とりあえず、落ち着くのじゃ」
「は、はひ!!」
両肩をポンと叩かれ、頭がヒートした。
「――は、小生と親しくなりたくて、名前で呼び合いt――」
しばらく私は、立ちながら失神した。そのため、彼が何を言っていたのか、しばらく覚えていない。ただ、私の首がガクガクと縦に揺れていた事だけは覚えている。
>>ハーフ・フェイス
以前会った時とは打って変わり、挙動不審な彼女を落ち着かせるよう、小生は肩に手を添えた。
「要するにお主は、小生と親しくなりたくて、名前で呼び合いたいのじゃな?」
返事は無いのじゃが、その行動が肯定しておった。
「うむ……名前で呼び合うは親しき者達の規約じゃからのぉ」
確かに、小生とライトレスも、名前で呼び合う親しき仲じゃ。それならばこうして、小生に朝餉を分けてくれた上に、こうして町の案内もしてくれる彼女も、そうしなければ無礼にあたるかも知れぬ。
本当は、行きずりの関係など持ちたくは無いのじゃが……ふふ……小生も、人肌恋しくなったやも知れぬな……?
「ならばこれからはお主の事を、『遥』と呼ばせてもらおう。良いか、遥?」
「……」
うむ……意識が無くなっておるのぉ……(汗)。
>>遥
私とハーフ・フェイスさんは、道端で土下座し合っていた。
「この度は、とんだご迷惑をおかけしまして……」
「そう卑屈にならなくても良い。朝餉を馳走になった恩返し、と捉えて欲しいのじゃ」
「そ、そうですね……このままじゃ埒が明かないですね……!」
視線を地面に向けたまま、私達は立ち上がった。
「で、ではそろそろ、案内してあげますね! どこか知っておきたい場所はどこですか?!」
「ならば、無賃で飲み食いの出来る場所に、心当たりは無いかのぉ?」
「いや……それは、ちょっと……」
「やはりのぅ……」
「あ、ゴメンなさい! ゴメンなさい! 私が力不足なばかりに……!」
「今のは、納得をした独り言じゃ。気を悪くしないで欲しい……!」
また土下座のし合いになる私達。
……しばらくここから動けそうに無いなぁ……。
「……どうですか? 今日は暖かいので、日差しが気持ち良いですよ?」
星観町北部の堤防沿いを歩きながら、私は彼に微笑んだ。
「うむ。やはりこの町は素晴らしいところじゃ」
その端整な顔は、半分しか見えないけれど、満足げな笑顔がこぼれていて……私は、ドキッとした。
「そ、そろそろお昼にしましょうか。私、お弁当作ってきたんです」
「小生の分まで……?」
彼の意外そうな顔に、私は少し強気に出た。
「はい! 私、料理が好きなので! 是非食べてください!」
「うむ、遥の料理は確かに美味じゃ。お言葉に甘えて、馳走になるとしよう」
「はい……!」
私は、そばに設置されているベンチに、彼を座らせた。まさか『ラブラブシート』と名高いこのベンチに、私も利用する事になるなんて、思いもしなかった……。
「えい!」
「……ここは、腰掛けるのに、掛け声が必要じゃったのか?」
「い、いえ! ただの個人的な気合です!」
私の右側から、奇異の視線を感じる。
「ふむ……遥はとても個性的で、魅力的じゃのぉ」
きゃあぁぁあぁぁあぁあ!!
『魅力的』って言われたぁああぁあぁぁあぁぁあ!!
「これだけ豊かな表情を見せてくれた者は、そうそういなかった……」
「ほ、保護者がいるじゃないですか……ライトレス、さんが」
「それはそうじゃが……彼奴は男じゃ」
「?」
「小生、女とのつながりが希薄でのぅ。ここまで接してくれたのは、遥が初めてなのじゃ」
ふぁ、ファーストレディ〜!
「一応、従姉はおったのじゃが……今はどうしておるのやら……」
そう言うとハーフ・フェイスさんは視線を、青い空へ向けた。家族の話になると、いつも彼は遠い目をする。そんな彼を、こうやって間近で見ると、何だか放っておけない気がして……。
「む……『昔の女より今の女』って……言いますから(汗)」
「それは違う意味じゃな」
「私の馬鹿ぁ!!」
思わず自分の頬にビンタを入れてしまった。その言動に驚く彼を尻目に、私はお弁当箱を差し出した。
「おにぎりをどうぞ!」
「頬に可愛いacerが映っておるぞ?」
「中身はアト・ランダムです!!」
「うむ……それでは頂くとするか」
「はい!!」
「くしゅん!」
日差しが一番強いにも関わらず、私はくしゃみが出た。やっぱり12月に、着物で外に出るのは無理があったかなぁ……?
「寒いのか?」
「あ、いえ、これくらい平気です」
「そういう訳にはいかぬ」
彼はバサリとマントを広げたかと思うと、それごと右腕で、私の肩を抱き寄せてき……て、え、えぇえええぇえぇぇ?!
「もう少し近寄るのじゃ」
そう言うと彼はさらに、腕の力を込めて、私の体を引き寄せた。
「……!!」
言葉にならない悲鳴が、私の口から漏れる。
「遥の方が暖かいのぅ……湯上りに体を拭かぬと湯冷めするのと、同じ原理じゃな」
……わ、私の左腕に……か、か、彼の感触が、感触が……!
「こうやっていられるのも、少ししか無いかも知れぬ」
「か、感触、感触が……て、え? 少し?」
その言葉に、熱暴走する私の脳が、一気にクールダウンした。それはもう、自分でも不思議なくらいに。先程とは打って変わって、今の私は冷静そのものだった。
「小生もきっと、この町に長居出来ぬだろう」
「帰らなきゃいけないの?」
「逆じゃ……逃げねばならぬのじゃ」
キッと睨むような視線が、その決意の高さを物語っている。
「こう見えても小生、追われている身なのじゃ。この町に来た時は、だいぶ追っ手を引き離したが……きっと時間の問題じゃ」
「そんな……」
ぎぅと、腕を握り締める私。
「どんなに長くても3年……いくらにもなる故、短い方は考えぬ事じゃ」
3年なんて……短いよ……。
「小生には、どうにも出来ない事じゃ。だから妙な愛着が湧かないうちに、身を引いた方g――」
「ハーフ・フェイスさんに出来なくても!」
信じられないくらいの強さで、ハーフ・フェイスさんの腕を握り締めていた私。彼の言葉を遮るように、私は出てきた言葉を叫んだ。
「私なら! 私なら出来るかも知れない!」
「しかし――」
「私がB-1で優勝する!」
言った後で内心驚く私。自分には不必要だろうと思って、全く関わろうとしなかったその大会の名を、高らかに口にしていた。
「日本中の力を使えば! きっと、きっとあなたと一緒にいられると思うから! だから――!」
「無理をしてはいけない」
彼はゆっくり、首を振った。
「遥がそこまでする価値など、小生にはあらぬ」
「あるよ!」
私はさらに力を強める。
「……私、お兄ちゃん子だと思うよ? 友達も言うし、家族も言うし、お兄ちゃんも言うし……。あんなゲームまみれで頭の回らない愚兄だけど、本当に大好きだし……。でもハーフ・フェイスさんも、お兄ちゃんと同じくらい、私の中で大きくなってきたから! だから!」
何だか気恥ずかしくて、苦しくて、重くて、でも嬉しくて……きっとこれが『初恋』なんだと思う。
それにしても、私がこんなに情熱的だったなんて、知らなかった……。
「私、ハーフ・フェイスさんの事が――!」
「し!」
突然の静止に、私の体は凍りつく。
「その先の告白は、まだ早いのではないかのぉ? まだその『びーわん』とやらに優勝しておらぬではないか」
そう言って微笑むハーフ・フェイスさん。
「遥が突然熱くなってしまう子だと知ったのは、収穫じゃな」
「あ、いや、その……」
そうやって真顔で言われると、物凄く恥ずかしいなぁ……(汗)。
「小生は遥の頭を冷やす者になろう。それならば丁度良い筈じゃ」
「はい!」
「その結果が出るまで、小生もここにい続けてみようと思うとる。頑張ってみるのじゃな」
「頑張る!」
「うむ。ならば、これは餞別じゃ」
彼の顔が少しずつ近付いてきたかと思った瞬間、私の唇に、柔らかいものが――
「きゅ〜……!」
>>水鏡
「ゴールまであと少しだ。もっと力をこめろ!」
良君の気紛れで、ランニングに付き合わされる僕。休日だっていうのに、熱心だなぁ。
「あれ? 良君、ちょっと……?」
僕は彼を呼び止める。堤防にさしかかった頃、ベンチの上に見慣れた人を発見した。
「遥ちゃんだよね?」
「ベンチで寝ているな」
僕はゆっくり、彼女のもとに近付いた。体を揺すっても、反応が無い。寝入っちゃったのかな?
「こんなところで寝ていたら、風邪引いちゃうのにね」
「全くだ。体調管理は基本だぞ」
何にせよ、このままにしておく訳にはいかないよね。
「お弁当箱がある。ピクニックかな?」
「こんな寒い時期にか?」
彼女を背負い、荷物を手にする。想像以上の重量に、僕の体はぐらついた。
「あぁ、ダメだ。良君、荷物持ってくれない?」
「……」
「ちょ、ちょっと?! どうして無視してるの?! 送ってあげようよ、ねぇってば(汗)!!」
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